一日1万個おいなりさんを握って学んだこと。
て
教員採用試験も無事合格し、一段落。
しばらくの間勉強に専念していたこともあり、バイトもしていなかったので、試験終了後派遣のバイトを登録しました。
融通が効くし、忙しいタイミングは入らずに、暇な時にだけ入るという選択ができたり、いろんな苦労人に会えると思ってそこで何か学べると思ったからです。
しばらく働いてへんかったから一日体力持つかめっちゃ不安。。
そんな中、一日目に行ったバイト先は食品の加工工場で、某大手スーパーの惣菜をパッキングしたり盛り付けをしたりするバイト。
私はそこでおいなりさん製造機械を担当でした。
それは2秒に一回十度ずつぐらい回る機械でそこに2秒に一回おいなりさんの皮をセットする作業。
何枚にも重ねられたおいなりさんの皮を剥がしてセットしていくその作業は見た目以上に難しく大変で、その作業を約6時間働きっぱなしで休憩ほとんどなし。。
何も変わらない景色で単純作業を繰り返し、少しミスをすると周りに迷惑をかけてしまうというプレッシャーを持ち続けなければいけないし、もう超絶きつい。。笑
あと機械が相手なので容赦なく動き続けるのが恐ろしい。。
しかし、50歳ぐらいのベテランのパートの方がその機械の反対側で包まれたおいなりさんを本当に手際よくパッキングしている姿を見て単純にすごかった。
彼女はプロフェッショナルだなぁと感じました。
私達がスーパーで何気なく見かけるお惣菜はとてつもない数の人がその一つの惣菜に関わっていて、誰かの大変な作業によって作られているんだなぁと。
これは惣菜に限った話ではなく、
自分の周りを見渡した時にその景色で人の手が一切加わっていないものなどほとんどない。
例えば道路、信号、建物、イス、ケータイ、ベッド、本、インスタントラーメンなどもそれぞれを大量の人が一つのものを作るために分業し、ひとつの商品として売り出されている。その大量の人の手で作られたものが周りあふれているのが現在の豊かな国、日本です。
この仕事が偉くて、この仕事が劣っているなどない。
一つの職業でも欠けると自分の周りからひとつの便利なものが消えてしまう。
いくら1人で生きていけるという人でも本当の意味では気づきにくいだけで大量の人に支えられて生活している。
社会や人に対するリスペクトを忘れてはならないなぁと感じた1日でした。